78高度生殖医療 (ART)


卵子は加齢と共に数も質も低下していくと考えられています。自然妊娠率は30歳を過ぎると低下し始め、40歳中期頃には妊孕力を失います。妊娠率の低下は排卵される卵子の質の低下による妊娠率の低下と流産率増加が原因とされています。高齢出産では体外受精でも胚移植による妊娠率が著しく低くなります。体外受精で出産できるのは35歳で16.8%、40歳になると半減し8.1%。45歳では0.5%まで下がります。
不妊治療には「一般的不妊治療」と「高度生殖医療」の2つがあります。一般的不妊治療とは、不妊治療の第1段階として行われるタイミング法と第2段階の人工授精(AIH)までをいいます。さらなるスッテップアップとして高度生殖医療(Assisted Reproductive Technology:ART)があります。体外受精-胚移植(IVF-ET)・顕微授精(ICSI)・凍結胚移植などがあります。
日本産科婦人科学会によると体外受精の実施数は36万8764件(2013年)と10年前の3倍以上に増えています。この治療の結果、出生数は約4万2554人と治療件数の1割ほどにとどまっています。およそ24人に1人が体外受精で産まれた計算になります。専門家は『妊娠適齢期を逃して治療を受ける夫婦が増えているのがおもな原因で、仕事と出産を両立できる社会づくりを急ぐべきだ』と指摘しています。
2014年のARTの患者数は約46万人で、同年に生まれた体外受精児は4.7万人。出産年齢で高齢とされる世代別の出産割合は、35歳で5人に1人、40歳で10人に1人、45歳になると100人に1人と不妊治療の現実はとてもシビアになっています。一方、米国では結婚して32歳までに通常の夫婦生活を送っても子どもが授からない場合、体外受精に速やかに移行しています。

排卵誘発剤
月経周期に合わせて同時に15~20ヶの卵胞が成長し始めます。しかし、結果として淘汰され1個の卵子が排卵されます。本来は淘汰され退化するはずの卵子を排卵誘発剤(卵胞刺激ホルモン製剤)で排卵させます。排卵を促すことで採卵時の卵子数を増やします。経口(服用タイプ)の排卵誘発剤にはクロミッド、セキソビッド、フェミロン、セロフェンなどがあります。また、注射によるhMG-hCG療法(ゴナドトロピン療法)があります。さらにスプレキュア(GnRH誘導体製剤)はGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)ホルモンの活動を抑える効果のある点鼻薬もあります。通常は女性ホルモンの分泌を抑える効果のある薬として、子宮内膜症や子宮筋腫の治療に使われています。作用上、排卵誘発効果があるので不妊治療でも使われるようになっています。
以前は月経の開始から10日間前後には、不妊クリニックなどに毎日通院して排卵誘発剤を注射する必要がありました。今でもそうしているクリニックもあります。しかし2008年から排卵誘発剤は患者自身が自宅などで自己注射できるようになっています。通院の回数を減らすことができますが、一度の注射で投与する排卵誘発剤量が多くなり卵巣の腫れや多胎妊娠のリスクが高まります。

クロミッド
不妊治療の最初に投与されるクロミッドを用いる「クロミフェン療法」は、女性ホルモンなどに問題などがあまりない場合の初期治療に選択されます。クロミッドはエストロゲン(女性ホルモン)の拮抗薬で身体のホルモンのフィードバック機構を活用し排卵を促進します。月経周期約3~5日から服薬し始め5日間服用します。しかし、3~4周期使用すると、逆に子宮内膜が薄くなり、子宮頚管粘液が減少するので妊娠しにくくなります。ですから、クロミッドを半年以上は飲み続けません。
クロミッドは副作用が少ないと言われていますが、重い副作用である卵巣過剰刺激症候群(OHSS)では卵巣腫大(卵巣の腫れ)が起こり下腹部に張りや痛みを訴えます。その他、吐き気、食欲不振、頭痛、顔の潮紅やほてり、息苦しい、イライラ感、倦怠感、目のかすみ、尿量減少、口渇、発疹などがあります。

hMG-hCG療法
クロミフェン療法が無効、または繰り返し投薬による副作用などで妊娠に至らないケースでは、排卵誘発剤としてヒト閉経期尿性ゴナドトロピン(Hmg)を注射して卵子を育てます。そしてヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)を併用したhMG-hCG療法(ゴナドトロピン療法 ※FSHやLHをゴナドトロピンという)が選択肢となります。hMGは下垂体前葉から分泌される卵胞刺激ホルモン(FSH)の働きを持ち卵巣内の卵胞を育成させます。これは多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)にも用いられます。hCGは卵胞を刺激するLHサージ(排卵を促す)の働きのために投与されます。卵胞期(排卵前)にhMGを注射することで卵胞が大きく成長します。そして、hCG注射して排卵させます。hCGは黄体ホルモンの補充に使われます。黄体機能不全など黄体ホルモンの分泌に不妊原因がある場合、基礎体温の高温期中(排卵後)にhCG注射することで妊娠の継続が維持できるようにカバーします。このhCG注射を投与している周期では妊娠していないのに妊娠検査薬で疑陽性反応を示す場合があります。
 hMG-hCG療法によるリスクに多胎(3っ子など)が挙げられます。そして卵巣過剰刺激症候群(OHSS)があります。卵巣は親指大ほど(3~4cm)の臓器ですが、その中の卵胞が過剰に刺激され卵巣腫脹することがあります。重症化の場合、腹水などの症状が起こることもあります。日本産科婦人科学会生殖内分泌委員会の報告ではOHSSの発症率は内服のクロミフェン療法では3.1%。注射によるhMG-hCG療法では59.2%と高く、重症例も14.4%になっています。現在ではOHSSを回避するためにさまざまな治療が行なわれます。

卵巣過剰刺激症候群:OHSS
OHSSは卵巣内の卵胞が急激に成長しそれに伴い卵巣腫大(卵巣の脹れ)して、その表面の血管から水分が腹腔内へ漏出するのが原因です。漏出された水分は腹水として貯留され、血液が濃縮して尿量減少(乏尿)するようになります。その結果、腎機能障害・電解質異常・血栓症・呼吸障害などを起こします。自覚症状としては、お腹が張る(腹部膨満)・腹痛または腰痛・急激な体重増加・吐き気・下痢・息苦しさなどです。
一般的にOHSSは排卵誘発剤による刺激に卵巣が敏感に反応する人が起こりやすいです。具体的には卵巣の反応性が高い18~35歳・痩せ型・卵巣に多数の卵胞が存在・エストラジオールの高値の場合です。ヒト閉経ゴナドトロピン(hMG)などで卵巣への過剰な刺激の結果として、OHSSの発症頻度は10~20%程度と言われています。そして症状が進行すると血液が濃縮して血栓症を起こすことがあります。血管内で血栓を起こしやすくなることで、脳梗塞・心筋梗塞・肺梗塞などを起こす可能性もあります。また卵巣の腫れでは茎捻転(けいねんてん)を招く可能性もあり急性腹症となり緊急手術が必要な場合もあります。

採卵
健康な卵子を取り出す採卵は重要な工程です。成熟卵子がなければ、受精をサポートすることはできないからです。採卵とは、不妊治療において体外受精や顕微授精のために、排卵直前の成熟卵子を卵巣から採取することをいいます。
実際に卵巣から卵子を取り出す方法は、経膣超音波装置に筒のようなアタッチメントを取り付け、そのアタッチメントに採卵専用の針を差し込み、膣内に装置を挿入します。膣壁から卵巣に針を差し込み、卵胞から排卵前の卵細胞と卵胞液を吸引します。1回の採卵で成熟卵子を1個~複数個、母体から取り出します。卵子には成熟卵子と未熟卵子があります。体外受精や顕微授精においては原則的に成熟卵子のみが使用されます。未熟卵子は授精できません。
卵巣の位置や左右の卵胞数などを確認しながら行います。採卵は技術や経験が必要で病院によって違いがあります。一度で採卵できるどうか、痛みの有無などが異なります。採卵は麻酔なしで行う場合が多いのですが、痛みの有無や場所や強さと時間には個人差があります。採卵の痛みが不安な方には、局所麻酔か静脈麻酔が行われます。静脈麻酔にも種類があります。体質と薬が合うかどうかで麻酔の種類によっては、吐き気や頭痛などの症状が出てしまう場合があります。

体外受精での採卵は排卵誘発剤を使い卵子を専用の針を使って吸い出し素早くシャーレの上に移し卵子を確認します。しかし年齢を重ねる採卵しても卵胞の中に卵子がない状態を空胞(くうほう)が増えてしまいます。空胞の原因は、遺残卵胞・黄体形成ホルモン(LH)の上昇不足・卵子の発育不良・加齢により卵子が育ちにくいなどがあげられます。卵子が無ければ受精卵はつくられないので妊娠ができません。不妊の原因は年を重ねるほど卵子の質が低下する「卵子の老化」です。採卵で卵胞が2回以上続く場合は、これの影響が考えられます。卵巣年齢を測定して原因を突き止めるなど、採卵ができる状態になるように治療をおこなう必要があります。
採卵に伴うリスクもあります。出血・臓器損傷・麻酔の副作用・アレルギー・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などです。採卵は膣から卵巣へ針を差し込むことになるので出血を伴う場合があります。また、隣接する臓器を損傷してしまう可能性もあります。静脈麻酔の影響によって血圧や呼吸に悪影響をもたらしてしまったり、アレルギー症状が出てしまったりという場合もあります。さらに排卵誘発剤によって卵巣を刺激し一度に多くの卵胞を採取するため、中には採卵による合併症を引き起こすリスクがあります。

採卵自体は10分ほどで終わります。採卵後は極力リスク症状を抑えるために抗生剤などが処方されます。
採卵では受精率を高めるために元気な卵子を取り出す必要があるため、体外授精に臨む女性の体の状態を見ながら採卵方法を選択します。自然な状態で排卵がうまくできているのか、あるいはどんな排卵障害があるのかを見極めて、使用する薬や薬を投与するタイミングを変えます。

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代表的な採卵方法
採卵にはさまざまな方法があります。その違いがなかなかわかりにくいので、代表的な採卵方法について説明しておきます。
①完全自然排卵周期法
自然排卵が強く見込める場合、排卵誘発剤を使わずに採卵を行います。自然周期での排卵を待つ方法です。1回で採卵できる数は1個です。女性の自然周期での排卵を待つ方法なので身体的・経済的負担が最も軽く、毎月排卵できる点などがメリットとなります。しかし、1個の卵子が受精しない、または育たない場合は胚移植のステップに進めません。また、自然排卵によって排卵が起こらない月は採卵できません。体外受精・顕微授精が成功しなかった場合、また採卵からやり直しということになります。
②フェマーラ
フェマーラは別名「レトロゾール」とも呼ばれる薬で、アロマターゼ(男性ホルモンを女性ホルモンに変換する酵素)の働きを抑えることによりエストロゲンの分泌を抑制し、排卵を誘発させる薬です。排卵誘発剤ではありませんが、エストロゲンを抑制することによって元々備わっている卵巣刺激ホルモン(FSH)の効果を最大限に引き出して卵胞を育てる方法です。1回で採卵できる数は1個です。卵巣刺激作用がないので体にかかる負担は少なくなります。また服用のタイミングが生理3日目から3日間のみといった限られた期間ですむので、通院の手間もかからずかかる費用も抑えられるメリットがあります。しかし、フェマーラは元々が乳がんの治療薬として使用されているものなので、過剰摂取すると胎児への悪影響が懸念されます。服用時には量とタイミングを慎重にする必要があります。    
③低刺激法(クロミフェン法、hMG/rFSH注射、クロミフェン法+hMG/rFSH注射)
低刺激法は「マイルド法」とも呼ばれ、飲み薬と最低限の注射を使用する排卵誘発法で、自然排卵はできるものの卵胞の成長が弱い場合や、卵巣機能が低下している場合に採用される採卵方法です。
1)クロミフェン法
自然排卵できるが卵胞の成長が弱い、卵巣の機能が低下している方向けの採卵方法です。生理後にクロミフェン製剤を飲んで卵胞の成長を促進します。1回で採卵できる数は1~5個です。
2)hMG/rFSH注射
クロミフェン法が利用できない方、クロミフェン法よりも多くの採卵数を望む方向けの採卵方法です。生理後にhMG/rFSHを注射して排卵を促します。1回で採卵できる数は1~10個です。
3)クロミフェン法+hMG/rFSH注射
クロミフェン法とhMG/rFSH法を組み合わせた採卵方法です。クロミフェン法やhMG/rFSH注射よりも多くの採卵数を望む方に行います。これまでの不妊治療の経験から効果のある注射の種類や量が把握できている人により効果を発揮します。1回で採卵できる数は1~15個です。
④アンタゴニスト法
卵胞の成熟を一時的にストップさせて、採卵のタイミングに合わせて成長を促す採卵方法です。未熟なあまり質の良くない卵胞を排卵してしまう体質(prematureLH体質)の人や卵胞を育てるホルモンが多い場合に採用されます。1回で採卵できる数は1~10個です。排卵日の調整ができるので計画が立てやすくなります。また、排卵誘発剤の使用量が少ないので、それによるリスクも少なくて済むメリットがあります。しかし、排卵抑制がかかるか個人差が大きいため、卵胞確認のための通院回数が増えて費用がかかるデメリットがあります。
⑤ショート法
生理後にGnRHアゴニスト製剤を投与して卵子の成長を止め、採卵の数日前から薬剤で一気に卵子の成長させた後に採卵する方法です。1回で採卵できる数は1~10個です。ロング法よりも薬剤を使う期間が短く、身体への負担が少ないのが特徴です。しかし、黄体化ホルモンが大量に分泌され、卵胞の質が悪くなる可能性があるデメリットもあります。通院の時間がない、自己注射ができないといった人に向いています。
⑥ロング法/ウルトラロング法
生理前の段階で排卵を抑制するGnRHアゴニスト薬剤を投与しながら、多くの卵胞の成長を促して複数個の採卵を目指す方法です。ウルトラロング法とは、ロング法よりもさらに長い期間でGnRHアゴニストを投与して排卵を抑制することで排卵周期をコントロールする方法です。1回で採卵できる数は1~20個です。採卵方法の中で最も採卵日を調節しやすく、採卵数も多くなります。また卵胞の質向上が見込めるメリットがあります。しかし、薬の使用量が多いため身体に刺激も強く、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)になる可能性が他の方法よりも高くなります。また、通院数も費用も負担が大きくなります。そして、採卵や採精した良好な卵子や精子を凍結保存などすればさらに費用は増えます。

採精
男性は病院の採精室で採精し、精子は濃縮・洗浄して運動率の良いものを選別します。精子の選別方法には度勾配で質の良い精子を分離する「パーコール法」や元気の良い精子が精液の上の方に泳いでくる性質を利用して、これを回収する「スイムアップ法」などが行われています。また、アイソレード液により運動性の高い精子と低い精子を分離させる「アイソレード法」もあります。場合により病院などで採取した精液をマイナス196度で「凍結保存」します。必要な時に精子を使用することが可能です。
人工授精は精子の運動率や数に問題がある場合に用いられます。正常な男性の場合、精液量は1.5~4.0ml、精子濃度5000万/ml以上です。通常1回あたり7500万~3億程度の精子が射精されることになります。人工授精を行うためには、4000万程度の精子が必要と言われています。精子濃度が1000万/ml以下の場合や「精子無力症」のような精子の運動率が極端に悪い場合では体外授精が考慮されます。
精子検査で精液1ml中に2000万個未満の状態は乏精子症です。このような場合、通常は採精できません。症状に応じて特別な精子回収法を行います。手術で精巣内の組織を採取・回収して精子の有無を確かめる精巣内精子採取法(TESE)、陰嚢を切開し精巣上体(精子に運動能を与え精子を蓄積する場所)を陰嚢外へ出し、顕微鏡下で精巣上体管に穿刺し精子を回収する顕微鏡下精巣上体精子採取法(MESA)、陰嚢を切開せず、皮ふの上から直接精巣に針を刺して精子を回収する経皮的精巣上体精子採取法(PESA)を行います。無精子症などでは顕微授精が選択されます。

体外受精
体外受精(In Vitro Fertilization:IVF)とは、正式には体外受精-胚移植(IVF-ET)という治療法です。今から約30年前の1978年、英国マンチェスター北東のオールダム総合病院において世界で初めて行われ、ルイーズという女の子が誕生しました。日本では1983年、東北大学医学部付属病院で体外受精による赤ちゃんが誕生しました。当時、「試験管ベイビー」という言葉が流行しました。
69日本産婦人科学会はIVFの対象となるのは卵管性不妊症、乏精子症、免疫性不妊症、原因不明不妊症などとしています。
IVFでは、まず採卵します。卵子が自然に育っている場合は見守りながら卵子が成熟した所で採卵します。しかし、無排卵症や黄体機能不全などで排卵障害がある場合は、卵子を作り育てる必要があります。そこで排卵誘発剤が使われます。排卵誘発剤で汎用されるクエン酸クロミフェン製剤のクロミフェンやクロミッドなどでしょう。
 IVFは採取した卵子と精子をシャーレの中で混ぜ合わせ、卵管と同じような温度や酸素窒素濃度を整えた機器の中で培養し受精させる方法です。受精しやすい環境を人工的に整えながら、受精は「自然の力」に任せる方法です。体外で自然の力で受精した受精卵を培養液の中で育て分割を進行させ4分割卵以上になった分割した受精卵が胚子(はいし)です。それを子宮内に移植する一連の方法を体外受精といいます。現在では4分割卵よりも分割を進めた胚盤胞(はいばんほう)で移植することが多いです。 
妊娠判定は通常の自然妊娠と同様に尿検査で判ります。妊娠2週に尿中に排出される着床に産生されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)値で妊娠を判定します。早ければ胚移植の1週間後には判ります。最近では尿検査よりも早い段階で判定が可能な血液検査も行われます。そして、不妊クリニックなどで無事に胚移植に至り着床すれば妊娠8週で不妊クリニックとはお別れです。そして、通常の産婦人科にバトンタッチとなります。
日本では毎年約100万人の赤ちゃんが誕生しています。そのうち、50歳代での出産は平均20人前後です。当院でもかつて50歳後半の妊婦さんを治療した経験があります。ARTの病院選びのポイントはネットの口コミも気になりますが、技術力・成功率・臨床数です。

顕微受精
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1992年、ベルギーで初めて顕微受精による妊娠・出産に成功し、日本では1992年に顕微受精により赤ちゃんが誕生しています。体外受精、顕微受精の技術は近年、急速に発展し、これにより生まれてくる赤ちゃんの数も年々増えておりこれらは現在では不妊治療には欠かせない方法となっています。
基本的には体外受精(IVF-ET)と同様の流れで行われます。採卵・採精を行い、顕微鏡を使い卵子1個に精子1個を直接注入します。極細い先のとがったピペットというガラス管に選ばれた精子を1つだけ入れ、卵子の透明膜を破り、さらに細胞膜を通して細胞質の中に直接入れます。これがイクシーと呼ばれる卵細胞質内精子注入法(ICSI)です。注入する精子を培養士(臨床検査技師が多い)が選び受精をサポートします。
ICSIの対象となるのは、男性では精子異常の無精子症・精子減少症・精子無力症で、精子数と運動率が低く体外受精で受精できない場合です。精子数が1000万/ml以下、あるいは精子運動率が30%以下、または両者の場合が対象となります。さらに精子奇形などで自然受精が困難な方も対象です。そして、体外受精の受精率が20%以下と低い場合や体外受精を繰り返しても妊娠しない場合など精子の受精障害がある場合も対象となります。インポテンツやEDも対象になる場合があります。
女性では習慣性流産、卵管の狭窄や癒着などの卵管閉塞、重度の子宮内膜症、精子抗体陽性がICSIの対象となります。その他、原因不明の不妊症などや女性が40歳代以上では加齢による卵子の質と数の低下が障害となるケースもあるので対象となります。
ICSIの妊娠率は施設によって差がありますが、妊娠率は20~30%程度で、流産率は23%です。無事に出産に至る確率は10%程度です。この出産率の低さについて近畿大学の星合昊教授は受精卵を分割する時に傷つけてしまうなど、原因は技術的なものかもしれないと指摘しています。ICSIの歴史の浅さがあるのかもしれません。
また、2009年3月には米国・アトランタの「疾病コントロール&予防センター」が延べ12,000人の誕生について追跡調査しています。それによると体外受精で生まれた子供には、遺伝的な問題を含む先天的な問題を持つ可能性が30%も高かったと報告されています。症状は多種多様で心臓の中隔欠損、歯槽裂などです。原因のひとつに排卵誘発剤が卵巣を刺激し、本来、淘汰されてしまう質の低い受精卵が考えられています。高齢の女性が体外受精を希望する傾向が強く、質の低下した卵子で体外受精を行うことが挙げられています。現在、先天的な問題が多い子供が産まれやすいことが危惧され、体外受精を希望する方々には前もって警告がなされるべきとガイダンスを新しくしているようです。患者に危険性などを十分に認知し安易に体外受精を選択し自然妊娠を上回らないようにする目的もあるようです。
 体外受精は不妊に悩む夫婦には画期的な手法ですが、まだまだ医学的にさまざまな問題があるのも事実です。非生理的な受精方法の長期的な影響については未知な部分が多いです。今後どのような問題が発生してくるかは解っていません。

受精卵のグレード
①初期胚のグレード
具体的なVEECKの5段階分類は以下です

グレード1 分割が均等で、フラグメンテーションがない
グレード2 分割が均等で、フラグメンテーションが10%以下
グレード3 分割が不均一で、フラグメンテーションが10%以下
グレード4 分割が不均一で、フラグメンテーションが10~50%
グレード5 分割が不均一で、フラグメンテーションが50%以上

②胚盤胞のグレード
具体的なグレード1~6の分類は以下です。

グレード1 胞胚腔が全体の50%以下である
グレード2 胞胚腔が全体の50%以上である
グレード3 胞胚腔が全体にいきわたる
グレード4 胞胚腔が全体にいきわたり、透明帯が薄くなる
グレード5 胚盤胞が透明帯を破り、脱出し始めている
グレード6 ハッチングが完了し、着床できる状態になる

そして、最初のアルファベットは胎児へと成長する「胚盤胞内部の細胞塊」の状態を表しています。A~Cの3段階で評価します。評価はAが一番良く、次にB、Cとなります。

A
細胞が密に並んでおり、細胞の数が多い
B
細胞がまばらで、細胞の数が少ない
C
胞胚腔が全体にいきわたる

論文で以下の通り妊娠成績を表しています

グレード 5日目 6日目
グレード4 58.4% 37.3%
グレード3 41.7% 24.0%
グレード2 35.0% 8.1%
グレード1 18.1% 8.1%
全体合計 47.4% 26.7%


胚移植
体外受精では卵子と精子を取り出して受精卵が分割した胚を子宮に移植します。採卵した月経周期内に受精卵を戻す場合を「新鮮胚移植」と言います。凍結技術が安定しなかった時代はこの方法がメインでした。しかし、近年では月経周期ではなく、身体状態が安定した時に凍結した胚を戻す「凍結胚移植」(凍結融解胚移植)が増えてきています。

73凍結胚移植は受精卵を初期胚または胚盤胞の状態で一旦凍結し、子宮内の環境を整えてから移植を行う方法です。日本産婦人科学会の2010年発表の体外受精実績では、新鮮胚を用いた場合の移植あたりの妊娠率は22.3%に対して、凍結胚を用いた場合は32.6%です。凍結胚移植の妊娠率の高さは、凍結技術が高いレベルで安定していることと、母体の健康状態を見ながら最適な時期に移植できるからです。
各不妊クリニックによっては凍結のクオリティーコントロールが不安定であったり、設備的に問題がある場合は新鮮胚移植です。新鮮胚移植は卵子の発育の関係で早く子宮に戻すことによるメリットもありますが、おおむね胚盤胞まで育てて凍結し、移植できると妊娠率が高い確率で見込めることが分かっています。

胚移植方法も色々あります。「初期分割胚移植」は分割胚になった受精卵である胚を採卵の2~3日後に、細いチューブに入れてエコーで子宮内を確認しながら、少量の培養液とともに戻す方法です。「胚盤胞移植」は採卵後に体外で胚の培養を5~6日間行い胚盤胞になった胚を移植する方法です。胚移植の時期と子宮内膜の着床条件が、自然妊娠に近い状態になり、この時期まで発育した胚は着床率が高いとされています。
単に初期胚や胚盤胞移植以外の移植方法もあります。「二段階胚移植」は2個以上の受精卵を準備します。まず4分割の段階で初期胚移植を行います。この受精卵が刺激となり子宮が着床のために変化します。残りの受精卵が胚盤胞まで分割したら、さらに子宮の中へ移植します。

74「SEET法」(シート法)は、まず受精卵を5日目の胚盤胞まで培養し凍結保存します。この時に、受精卵を培養するのに用いた胚培養液も別に凍結します。そして移植を行う周期に、あらかじめ凍結しておいた胚培養液を解凍して子宮内へ注入します。この物質により刺激を受け、着床しやすい状態へ変化します。その2~3日後に胚盤胞を1個移植します。このような胚移植方法のオプションを持つ病院もあります。希望する場合は、実施している病院で相談してみましょう
そして、胚移植には着床率を上げるために各病院ではオプションが設定されています。胚は子宮内膜に触れると、胚を覆う透明帯の一部が溶け胚は外に出ます。これを「ハッチング」と言います。ハッチング後の胚は肥厚した子宮内膜に埋もれていきます。これが着床です。体外受精の胚の中には透明帯が硬くなったり、厚くなったりし、ハッチングしにくいものもあり、透明帯に一部穴を開けたり薄く削りハッチングをしやすくするアシスティッドハッチング(AHA)を行います。着床率を上げるための着床補助操作です。
その他、凍結融解胚移植にて妊娠反応の認められなかった人や、繰り返し流産をされた人に受精卵の着床をサポートする高濃度ヒアルロン酸の添加された胚移植専用培養液エンブリオグルーを用います。高濃度ヒアルロン酸を含む「Embryo Glue」(エンブリオグルー)はスウェーデンのVitrolife社が開発したET専用の培養液です。通称「グルー」と呼ばれます。胚盤胞と子宮内膜をつなげる接着剤のような働きをします。凍結融解胚移植時にグルーとともに子宮内に移植された受精卵は、ヒアルロン酸にコーティングされ、子宮内膜に接着しやすくなり、また妊娠の継続をより確実なものにすることが期待されます。米国食品医薬品局(FDA)にも認可されています。
体外受精の成功の鍵を握るのは医師ですが、一番は卵子・精子を扱う胚培養士の技術です。この技術力がないと採卵した卵子が受精して育ってくれません。どのようにして培養士の腕を見抜けばイイのか!? 通院している不妊治療クリニックの培養士が関係する学会や研究会に参加しているや、卵子や精子の状況をきちんと説明してくれるか、顕微授精の状況をカメラで撮影しているか、培養室のデータ管理がしっかりしているか、クリニックの受精率をきちんとわかりやすく教えてくれるか、クリニックのサイトに胚培養士責任者の顔写真とプロフィールが紹介されているかなどです。不妊クリニックを選ぶ一つの要件にもなるでしょう。
胚移植後は感染予防のために、数日分抗生物質が処方されます。また、子宮内膜を厚くして胚の着床しやすい状態にするために卵胞ホルモン剤(エストラダーム・プレマリン・エストレースなど)が処方されます。さらに妊娠維持のための黄体期管理に黄体ホルモン剤(デュファストン・プロゲストンなど)が処方されます。胚移植後は安静の必要はありませんが、激しい運動は避けましょう。
移植された胚は活発に細胞分裂を繰り返しやがて胎児へと成長していきます。しかし、40歳の女性の受精卵は受精から4日で3つのうち2つが成長停止してしまいます。30歳代後半からはこうした質の低下した卵子の割合が増えていくのです。体外受精で出産できるのは35歳で16.8%、40歳になると半減し8.1%。45歳では0.5%まで下がりますから200人に1人です。大きな原因は卵子の数・質の低下と着床率の低さです。

胚移植の数
現在、日本では出産期の胎児の死亡は単胎妊娠で約4/1000です。この割合は諸外国と比較してもとて良い数値です。しかし双胎妊娠ですと約6倍リスクが増えます。また3つ子の妊娠は双子のさらに2倍になります。なるべく安全に出産するためには、生殖補助医療の治療をしても単胎妊娠が望ましいのです。
 日本産科婦人科学会は1996年、胚移植の数を3個以内にする会告しています。それ以降、確かに4つ子以上の妊娠は減少していますが、3つ子までの多胎妊娠は減少していません。その後、治療技術が向上し移植あたりの妊娠率もさらに向上しています。2008年に日本産科婦人科学会は会告を出し、「生殖補助医療の胚移植において移植する胚は原則として単ーとする。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては2個移植を許容する」としました。この結果、凍結融解胚移植での妊娠率は2007年で1つの移植で32.6%、2つの胚移植で31.5%と1つの移植でも高い値でした。その後も1つの移植が2つ移植した場合よりも高い値を維持しており、だんだんその差が開き、2012年には1つで35.1%、2つで28.5%となっています。

2007年の時点で、すでに約半数が単胚移植しています。その後も単胚移植率は増加し、2008年には約65%、2012年では約75%と多くの患者で、安全な胚移植が行われるようになりました。2000年ごろ、多胎妊娠率は17~18%ぐらいでしたが、徐々に減少して2007年には約11%になっています。2008年の会告によって多胎妊娠は急減して2008年に約7%、2012年には約4%となっています。これは治療技術が向上したことに加え、各治療施設が高い倫理観に基づいて治療を行っているからだと考えられます。
2008年の日本産科婦人科学会によると、採卵する治療周期に胚を移植する新鮮胚移植のうち、体外受精(IVF)では2007年は二つの移植で28.9%で、1つの移植の場合の23.1%より高い値でしたが、その差はだんだん縮まり、2012年ではその値が逆転して一つの移植で22.8%、2つの移植で21.7%と1つの移植が2つの場合を上回りました。さらに新鮮胚移植の顕微授精(ICSI)においても、2007年は2つ移植26.1%が、1つ移植の19.1%よりも高い値でしたが、2012年には同じく逆転して1つの移植が19.5%、2つは19.4%でよりも高い値となりました。これを見ると現実は必ずしも胚を2つ移植した方が高い妊娠率とはなっていません。各治療施設は妊娠後の母児の安全を考えて、まずは1つの移植を行い、数回1つを移植しても妊娠しない患者に対して2つの移植を行っていると考えられます。
不妊治療では単に妊娠させることではなく、妊娠中や分娩時の母児の双方の安全、そして生まれてくる児が健康であることを考慮した治療です。この高い倫理観の下に不妊治療は行われています。主治医から「胚の移植を二つではなく一つにしましょう」と提案されたのであれば妊娠・出産時の安全性を考えて言っているのです。

高度生殖医療(ART)の成功率
日本産科婦人科学会は日本の生殖補助医療(ART)の状況をまとめて公表しています。ARTが始まってすぐの1986年に登録制度を設け、治療開始時の施設審査・登録をおこない毎年1回、各施設の治療成績の報告を受けて集計・解析・公表を行っています。2007年の治療からは各施設単位のまとまったデータではなく、個々の治療データを集め、より詳細な解析を行っています。データの解析結果は毎年日本産科婦人科学会のホームページに掲載され、会員でなくても誰でも閲覧できます。
日本における体外受精等のARTの治療数が急増しており、その患者年齢も高齢化しています。日本産科婦人科学会による2012年度の体外受精、胚移植等の臨床成績を報告によると、日本の総治療周期は326,426周期に及び、1年間に37,953人の子どもが誕生しています。この治療周期数は世界で最も多く、日本は世界で最も体外受精を行っている国となります。
そして、総出生数の体外受精などのARTで生まれた子の割合は3.66%。27人に1人が体外受精関連技術で生まれているということになります。2013年に国内で行われた体外受精の治療件数は36万8764件で、その結果4万2554人が誕生して、いずれも過去最多です。約24人に1人が体外受精で生まれた計算になります。治療件数は10年前(2003年)の3.6倍に増加。国内で初の体外受精児が誕生したのは1983年。以来、体外受精で生まれた子どもは計約38万4000人になっています。
全国の不妊治療施設でのARTの成功率があります。年齢と生産率で示され、2012年では22歳~35歳までが平均して20%前後です。治療1回当たりの生産率は32歳ぐらいまでは約20%の生産率ですので、5回ぐらい治療すればそのうち1回は出産まで到達するだろうと推測されます。以降、一気に生産率は低下します。38歳は12%、41歳では5%になります。40歳以上でARTを受ける割合は2007年は31.2%、2012年には39.7%になっています。加齢による妊孕性(妊娠する力)の低下は、なかなか克服できないことがわかります。
年齢別、治療回数別の累積出産率の解析結果では、1回目の治療を開始した年齢が34歳までの若い群では、1回目の治療で28.9%、2回目までの治療で37.8%、3回までで46.7%と大体6回ぐらいの治療までは累積出産率はどんどん上がっていきます。しかし、7回以降の上昇率は鈍くなり、だんだん横ばいになり、9回目の治療で68.9%となります。
また、35歳~39歳のグループでは1回目で19.8%、2回目までで29.1%、3回ま37.2%と34歳以下の群と比較して上昇率が鈍くなります。10回までの治療で44.2%の方が出産しています。年齢が40歳以上のグループでは成績はさらに下がります。1回目で8.3%、2回目までで8.3%、3回までで10.4%です。また、それ以後何回治療を重ねても出産率はほとんど上昇しません。10回までの治療でも10.4%です。
 若くてもARTによる出産率は約20%です。32歳ぐらいから徐々に(約1%ずつ低下)下降します。36歳ぐらいからこの下降率も大きくなり(約2%低下)40歳では8.1%となっています。つまり40歳の方がこのARTで赤ちゃんが持てる確率は約12回の治療で1回ということになります。低い確率であることがわかります。さらに45歳だと0.7%ですので、約140回に1回の確率になります。
一方、2012年の米国では176,247周期の体外受精が行われ、前年比では約2000人増となる計61,740人の新生児が誕生しています。同年に米国で生まれた新生児は約390万人で体外受精の比率は1.5%強となっています。日本と米国で比較すると日本は体外受精の数は多いのにも関わらず、妊娠数が少ない人口当たり約4倍の治療を行っている不妊大国です。そして、日本は世界でも体外受精妊娠率の低い国の1つです。
その理由として「自然周期排卵誘発」が挙げられています。低刺激排卵誘発法(minimal stimulationivf)は1個の卵子を育て排卵誘発で採卵し体外受精をさせて戻すという治療です。そもそも通常の月経周期での排卵は1個ですから、自然に近い方がイイという考え方に基づきます。この治療法はホルモン剤を多く使わないので排卵誘発剤の副作用が少ないというメリットがあります。しかし問題は1~2個しか採卵されず、結果として移植する受精卵が少なくなることです。受精卵が少なければ妊娠率も上がりません。1回の採卵数において15個ぐらいまでは妊娠率が採卵数に比例して上昇するというデータもあります。欧米の体外受精の成功率が高い国では排卵誘発剤を使い、多く採卵することで、多くの妊娠する力を持つ卵子を得ることで成功率を上げています。
医療費効率もみていきましょう。1回の治療費は治療の種類によっても異なりますが、概算で約30万円かかるとしましょう。若い方の確率は約20%ですので、このARTで1人の子どもが生まれるのに約150万円かかっていることになります。また40歳では8.1%でしたので370万円、45歳では0.7%でしたので4285万円となります。日本ではこれだけの費用をかけて体外受精児が生まれているのです。年齢が高齢になるほど経済的負担も大きくなることがわかります。

 

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