つわり鍼


つわり
1「つわり」と「妊娠悪阻」は医学的に区別されています。つわり(nausea and vomiting of pregnancy)の重症型が妊娠悪阻(hyperemesis gravidarum)です。妊婦さんの約80%程度がつわりを経験するとされています。どこまでがつわりで、どこからが妊娠悪阻なのかの明確な基準はありませんが、日本でも海外でも毎日嘔吐して、尿中ケトン体が陽性(+)で持続的に体重減少する(ことに5%以上体重減少する)場合が妊娠悪阻とされています。ニオイなどに過敏に反応し、吐き気や嘔吐を催し食事も摂れない状況になってしまうと、栄養代謝障害による著しい体重減少、脱水症、ケトアシドーシス、電解質異常、腎障害、脳神経症状など種々の症状を引き起こします

妊娠悪阻
つわりが重症となると妊娠悪阻と診断され入院するケースもあります。専門家の間で妊娠悪阻は妊婦さんの0.02~5.0%に診られます。米国・カナダ・スウェーデンなどでは1.0%前後と言われています。日本では全妊婦さんの約2%とされ、治療や入院が必要になります。入院という環境の変化などで、入院したその日に全快となる場合もあります。ほとんどの場合が1週間程で退院できるようです。
入院中は絶食療法や輸液療法が行われます。輸液療法は点滴で水分と糖分を補給します。また必要に応じてビタミンB1剤・鎮吐剤・鎮静剤などが輸液中に足されることもあります。点滴で栄養と水分を補充しながら少しずつ食事を増やしていきます。一般的に初産婦に多く、重症化は経産婦に多く、多胎妊娠も重症化しやすいとされています。重篤になれば死にいたる場合もあります。


原因
つわりの原因として、高ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)血症と、それに伴う高エストロゲン血症がつわりの消化器症状(嘔気・嘔吐)を引き起こしている可能性が高いとされています。またピロリ菌 (Helicobacter pylori)の存在などが悪阻の要因・誘因・リスクファクターとされています。
さらに、つわりは心理社会的要因(不安の強さ)や自律神経活動と関連するとされています。特に副交感神経活動と一致します。その他、母体が胎児を異物と感じるアレルギー反応である説などが考えられています。しかし、つわりや妊娠悪阻がなぜ起こるかは実は解明されていません。


期間
通常、妊娠4~9週に発症し、12~15週に最も重症になり、20週までには改善します。20週になっても症状が改善しない場合には、つわり様症状を示す他の疾患を疑う必要があります。ただし稀に、つわりが妊娠末期まで続く例もあります。


つわり鍼
当院では「つわり鍼」を行っています。このつわり鍼は「逆子の灸」よりも認識度は極端に低いです。いよいよ日常生活ままならないというつわり患者さんがネット検索して、やっと見つけて駆け込んでくるというのが実情です。『つわりに鍼が効くの!?』と半信半疑の方も多いでしょう。これがよく効くのです。当院では自律神経、ホルモン、吐き気などの消化器症状にアプローチする鍼灸治療をします。指先に治療する井穴刺絡(せいけつしらく)と背部の治療は欠かせません。井穴刺絡とは、指先の爪の際にある井穴というツボに、三稜鍼という特殊な鍼で治療していきます。この治療は少しチクッとさせることで、自律神経などへ影響を与えることができます。つわり鍼は経験的に妊娠10週目から始めると著効を示します。治療時間は約1時間です。

 

症例報告


●症例報告①

20××年9月××日 O・K 女性 30歳 2歳半の男児あり
目的
第二児の妊娠が気持ち悪さで発覚。妊娠がわかった直後から吐き気・嘔吐がある。特に空腹時に顕著である。『男児がイヤイヤ期だし、運動させなければ寝ないし、帝王切開で入院期間が長引くのは困る・・・』とのことで妊娠8週で来院。
治療
初診時に全手指に井穴刺絡を行った。気持ち悪さを抑えるために内関(ないかん)と天髎(てんりょう)に円皮鍼を貼った。背中にある膈兪(かくゆ)・肝兪(かんゆ)・脾兪(ひゆ)のツボに胃の六つ灸(深谷灸で7壮)を行い、胃のムカつきを抑えるなどの治療を行う。
経過
1経過 1週間後に2診目を行った。この間に尿にケトン体が陽性(+)となり3日間入院。点滴による輸液療法が行われた。2診目は前回の治療と同様で命門(めいもん)にも深谷灸で7壮追加した。
さらに1週間後に3診目を行った。3診目に来院した時点で、初診時の気持ち悪さ・吐き気・嘔吐・胃のムカつきはほぼ消失。初診時は気持ち悪いせいもあり施術時は無言でしたが、3診目にもなると世間話をする余裕もあった。3診目で治療を終了した。
考察
つわり鍼は経験的に妊娠10週目から始めると著効を示すが、この症例では尿にケトン体も出て入院したが、早い時期から治療開始しても2回の治療でほぼ回復した。自律神経、ホルモン、吐き気などの消化器症状に対する鍼灸治療が功を奏したと考えられる。

●症例報告②

20××年4月××日 W・H 女性 女性 35歳 初産。
目的
妊娠10週目あたりから徐々に吐き気が出てきた。ニオイや油物でも吐き気はなく、空腹時にもとくに問題はない。しかし、水を飲むと吐き気が強まる。だんだん強くなってきたので、妊娠12週5日で来院。
治療 初診時には全手指に井穴刺絡を行った。足三里(あしさんり)への刺激は胃運動を抑制するので行わなかった。胃のムカつきを抑える六つ灸(深谷灸ために胃ので7壮)を行い、右膈兪・左肝兪・右脾兪に筋交いで円皮鍼を貼った。気持ち悪さを抑えるために内関に円皮鍼を貼るなどの治療を行った。
経過
1週間後に2診目を行った。
2診目の来院時には「吐き気は前回から随分と減った」と言っていうので、前回と同様の治療を行った。3診目にはより吐き気は減少。4診目の来院時には『口の中が酸っぱいのが残っている』という。そこで太衝(たいしょう)に粒鍼を追加し、症状が残るようだったら来院するようにお願いして治療を終了した。
考察
つわり鍼は妊娠10週目以降に開始すると著効を示すが、この症例は、その典型的な例である。つわりでの急性胃粘膜病変による吐き気や胃のムカつきには胃の六つ灸を側臥位で行うのは有益である。吐き気などの消化器症状に対する鍼灸治療が功を奏したと考えられる。  

 

研究報告

「妊娠悪阻16例に対する井穴・頭部刺絡の治療効果についての検討」→LINK
(『日本東洋醫學雜誌』50(6), 社団法人日本東洋医学会,143, 2000.)。
産婦人科医の川田信昭医師、自律神経免疫療法で知られる福田稔医師、順天堂大学医学部公衆衛生学教室の加藤信世医師による研究報告である。
目的 妊娠悪阻の薬物療法は服薬の難しさと催奇形のリスクもあり現代医学では輸液療法が主である。そこで妊娠悪阻16例に対して、鍼による治療が妊婦や胎児にとって安全で有効である事を検証している。
対象 最近2年間当科で治療した妊娠悪阻16例で、飲食不能となり入院が必要と認められた入院治療群6例と、飲食は制限されているがまだ通院可能と認められた外来治療群10例であった。入院治療群では3例に肝機能障害、1例に神経炎、1例に急性胃粘膜病変を合併していた。
治療
方法
刺絡(しらく)の部位は浅見鉄男医師が臨床研究的に推測している消化器系及び全身の交感神経系の緊張抑制の足の隠白(F1)・大敦(F2)・至陰(F4)・厲兌(F6)と手の少沢(H4)・商陽(H6)の井穴刺絡と百会(ひゃくえ)の頭部刺絡をした(※括弧内は浅見式で用いる用語)。治療回数は入院治療群では1日2回3~5日間連続で行い、外来治療群では1日1回4~5日間連続で行った。
結果 入院治療群では6例中4例(妊娠10~14週)に著明な自覚症状の改善と合併症の消失が認められた。しかし1例は妊娠8週では無効であったが妊娠10週に行われた2回目の治療が有効であった。また妊娠7週で治療した1例では肝機能障害及び甲状腺機能亢進症は正常化したが自覚症状は不変であった。外来治療群では10例中、心因性の1例(妊娠7週)を除いた9例(妊娠8~14週)に患者の満足しえる効果が認められ、特に嘔気・胃部不快感・胃痛・頭痛・睡眠障害・唾液分泌などに奏効した。
考察 妊娠悪阻の病態には交感神経系の緊張があるものと推察され、病勢の推移から胎盤由来のエストロゲンやHCGが関与しているのではないかと思われた。刺絡の確実な効果が期待できるのは妊娠9~10週以降と思われた。


当院でつわりに用いるツボは上記の研究で用いたツボと若干違います。井穴刺絡を用いると治療効果が上がるのは臨床で確認しております。つわりの気持ち悪さが、何時終わるともわからないまま我慢し続けるのは苦痛でしかありません。躊躇せずに試す価値のある治療法がつわり鍼です。諦める前に鍼灸治療をお試しください。


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